新しき年のはじめの初春の 今日降る雪のいや重け吉事(新年の最初、新春の今日に降る雪のように、瑞祥が続いてありますよう)
―万葉集・巻二〇・大伴家持
昨年は『源氏物語』千年紀で、来年は平城京遷都1300年で、節目の盛り上がりったらないわけですが。
長い歴史をたどれば、どの年も何かしら節目に当たるんじゃないかと思います。
今月の一首に挙げた家持の歌。
これが詠まれたのは天平宝字3(759)年の元日です。
つまり、今からちょうど1250年前の元日ということになります。
50という刻み方は若干中途半端な気もいたしますが、これもこれで節目です。
このとき家持は因幡守として任地にいました。
元日に降る雪は瑞祥ですから、家持は降る雪を寿いだわけです。
ちなみに、この歌は『万葉集』の最後の歌。
配列的にも最後ですし、年代がわかっているものの中では最も新しい。
つまり名実ともに『万葉集』の最後を飾っている歌ということになります。
大伴家持(718〜785)は言わずと知れた万葉時代最後にして最高の歌人。
(いや、個人的には人麻呂の方が偉大だと思うけど……!)
この「新しき〜」の歌を詠んだあと、彼の人生はまだ24年もありました。
その間の歌は、一首も残っていません。
家持はこの歌を最後に「歌わない歌人」になったのでしょうか。
明らかに彼が最終編纂に関わっているとされる『万葉集』。
この歌を最後にするということは、彼にとってどういう意味を持っていたのでしょうか。
この後の歌は意図的に残さなかったのか。
それとも、結果的に残らなかったのか。
あるいは、本当に一首も詠まなくなったのか。
今となっては分かりません。
しかし、一つ言えることは、この歌の後、家持がたびたび政争に巻き込まれるということ。
・ 天平宝字7(763)年頃、藤原宿奈麻呂らと藤原仲麻呂の殺害計画。
・ 延暦元(782)年、氷上川継謀反事件に連座。
・ 延暦4(785)年、藤原種継暗殺事件。家持死後だが生前に関与していたとされ、除名。
大伴氏というのは古来の名族です。
家持というのは、古来の豪族たちの世界と、新興の氏族(藤原氏)による官僚の世界への過渡期に巻き込まれまくった人であったようです。
歌人・家持もいいけれど、政治家・家持もなかなか興味深い人。
実はちょっとマイブームです。